05-な行, 0509乃木福富町

<写真>

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<地図>松江市乃木福富町

<碑文>
松江農林高等学校
 発祥の地
 校門復元
創立100周年記念事業 平成12年7月
<建立>
平成12年(2000年)7月(碑文より)

03-さ行, 0301雑賀町

<写真>

<地図>松江市雑賀町

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<説明>
碑文は「床几山は松江の南に在る」に始まる(以下訳文)慶長5年12月堀尾吉晴は出雲隠岐に封じられ富田城に来居、巳(春)其の子忠氏は父及び老臣らと協議して、末次極楽寺山に城を移そうと思い相ともに此の地に至り胡床(床几)に座って城地を指し画く間もなく忠氏が死亡、話は中止となった。
吉晴之を憾みて慶長12年冬遂に決意して起工(築城)5年にして完成し統治の場所を移した。これすなわち我が松江之濫觴(はじまり)也

松江開府300年を記念して有志により床几山に碑は建立され松江発祥の誇りある地とした。
撰文併書・陸軍少将熊谷宣篤(説明板より)
<建立>
明治44年(1911年)建立

04-た行, 0405殿町

<写真>

<地図>松江市殿町

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<碑文>
ここは明治20年8月県下初の島根県尋常中学校として擬洋風のモダンな校舎が建てられたところです。その後昭和3年まで県立学校として幾多の変遷を重ねつつ多くの人材を輩出いたしました。
また文豪小泉八雲が松江中学校英語教師として教鞭を執ったところでもあります。
しかしこの歴史ある建物も昭和51年に県庁周辺整備計画により取り除かれましたのでこの地に記念碑を建ててその意義を永く後世に伝えます。
昭和53年12月
島根県知事 恒松制治
<説明>
小泉八雲ゆかりの地
島根県尋常中学校及び県庁跡地
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が英語教師として教鞭をとった当時の島根県尋常中学校の建物は、この地、すなわち、今の県警察本部庁舎の所にあり、県庁はその真向かいにあった。初出勤は、明治23年(1890年)9月2日で、翌3日から授業を行った。
その後、週20時間、明治24年(1891年)10月26日まで教鞭をとった。八雲はここでの教師体験を欧米の教育とも比較しつつ、「英語教師の日記から」(『知られぬ日本の面影』所収)につぶさに記している。
八雲が教えた「ヘルン校舎」は市民に惜しまれながらも、昭和51年(1976年)に取り壊された。(説明板より)
<建立>
昭和53年12月(碑文より)
<その他>
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