08-や行, 0801八雲町

<写真>

<地図>松江市八雲町熊野

<碑文>
国立療養所松江病院長林霞舟先生は昭和二十四年松江市に短歌結社「湖笛会」を創設されまたNHKラジオ歌壇島根新聞歌壇および熊野大社献詠歌等の選者として短歌を志す人々の育成指導に努めて来られました。この度湖笛会二十五周年記念として各位の好意ならびに会員の総意により、出雲文化発祥の地歌道ゆかりの当地に先生の歌碑を建設するものであります。

昭和四十八年中秋
湖笛会
<建立>
昭和48年(1973年)(碑文より)
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08-や行, 0801八雲町

<写真>

<地図>松江市八雲町熊野

<碑文>
この御歌は素戔嗚尊櫛田名比賣を妃に迎えられるに当り宮造を始められた時に雲立ち騰るを見ての御作、和歌の始元という。
揮毫者木俣修先生は宮中歌会い始選者昭和女子大学教授近代短歌の史的展開等を著わされ短歌雑誌形成の主宰者である。
幕末、平賀元義熊野神社に夜久毛多都の書奉納、熊野意宇麿また祖神に献賛した。
大正昭和の御代に熊野短歌会結成、同献詠歌会等の熱誠により明治百年を前に歌碑建立実現し古代文化のゆかりをとどめ得たことは慶賀の極である。

昭和四十一年  陽春
<建立>
昭和41年(1966年)(碑文より)
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06-は行, 0604東出雲町

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<写真>

<地図>松江市東出雲町出雲郷

<碑文>
出雲守門部王思京歌一首

飫海乃河原之乳鳥汝鳴者
吾佐保河乃所念國
(おうの海の河原の千鳥汝が鳴けば吾が佐保川の念ほゆらくに)
<銘文>
門部王(かどべのおおきみ)は天平年間出雲守として国庁に来任し律令制下の郷土民政に当てられたが、また人間味豊かな歌人として万葉集に五百の秀歌を残されている。
この歌はその一首で、意宇川が中海に注ぐ辺りの河原に鳴く千鳥の声を聞いて、遥か故郷大和の都近い佐保川を懐かしまれた切々の慕情がしのばれる。
この度有志相図り、意宇川に臨むゆかりの地にこの歌碑を建て永くその風懐を仰ぐよすがとされたことは誠に慶びにたえない。
記して銘とする所以である。

昭和三十九年五月三日
島根県知事 田部長右衛門
<建立>
昭和39年(1964年)5月3日(銘文より)