03-さ行, 0301雑賀町

<写真>

<地図>松江市雑賀町

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<説明>
日清戦争に出征した島根県出身の戦没者177名の慰霊と平和を祈念して諸寺院等が発起して広く義損金募って建立した。
旧松江釜甑方の技術を受け継ぐ鋳物師島谷利右衛門が名工荒川亀斎(雑賀横浜生まれ)の原型をもとに製作した。
天台宗妙法院門跡村田寂順師が、台座下に撰文と経文を記している。戦時下の金属供出は免れたが、戦後の混乱期に蓮弁と腕の一部が紛失、有志らによって仏像の腕の部分は修理復元された。(説明板より)
<建立>
明治32年(1899年)建立(説明板より)

05-な行, 0505西津田

<写真>

<地図>松江市西津田九丁目

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02-か行, 0201学園南

<写真>
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<地図>松江市学園南一丁目

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<碑文>
悲惨を極めた第二次世界大戦は、日本が連合国のポツダム宣言を受諾して、昭和20年8月15日を以って終結した。然し終戦後にもかかわらず、60余万人の将兵は酷寒の地シベリアなどに強制抑留され長期に及ぶ過酷な労働と飢え寒さ病気のため、一割以上の方々が祖国の土を踏むことを果たせず無念の死を遂げた。本県出身の犠牲者も五百余名に達し誠に痛恨の極みである。辛酸に耐えて生還し得た私達は、抑留死没者の冥福と恒久平和を祈念し、不戦の象徴としてこの碑を建立する。
平成6年10月吉日
財団法人 全国強制抑留者協会島根県支部慰霊碑建立委員会
<建立>
平成6年(1994年)10月(碑文より)