03-さ行, 0301雑賀町

<写真>

<地図>松江市雑賀町

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<建立>
平成24年(2012年)11月(碑文より)

03-さ行, 0301雑賀町

<写真>

<地図>松江市雑賀町

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<説明>
日清戦争に出征した島根県出身の戦没者177名の慰霊と平和を祈念して諸寺院等が発起して広く義損金募って建立した。
旧松江釜甑方の技術を受け継ぐ鋳物師島谷利右衛門が名工荒川亀斎(雑賀横浜生まれ)の原型をもとに製作した。
天台宗妙法院門跡村田寂順師が、台座下に撰文と経文を記している。戦時下の金属供出は免れたが、戦後の混乱期に蓮弁と腕の一部が紛失、有志らによって仏像の腕の部分は修理復元された。(説明板より)
<建立>
明治32年(1899年)建立(説明板より)

03-さ行, 0301雑賀町

<写真>

<地図>松江市雑賀町

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<説明>
「松嶋も見しが 故郷の 湖涼し」

松江を代表する俳人、文化14(1817)年天神町山内長右衛門の長男に生まれ、名は嘉一郎、最初の号は沙窓、次いで茶窓と改め、その後京都で俳句修行、師より鼎室の名を贈られた。また、江戸に出て草庵を結び名声を得た。
出郷から12年、41歳で帰国し本家佐助の2階に住んで釣年庵曲川と称した。蕉風の確立を目指し、町衆を中心に多くの門人を育てた。(説明板より)
<建立>
明治39年(1906年)建立(説明板より)