03-さ行, 0304宍道町

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<写真>

<地図>松江市宍道町西来待

<碑文>
沿革
当西来待地区は来待川下流西側に位置する平坦地であり大正末期から昭和初期にかけての耕地整理により出来た本町でもまれな穀倉地帯であったが最近の農業の近代化に伴う大型機械の導入及び稲作転換いわゆる汎用性耕地の対応にせまられ遂に地区民一同の要望により土地基盤整備による営農改善を目的とする団体営圃場整備事業として採択された。
昭和五十三年度より着手し昭和五十八年三月全ての事業が完成した。この間県並びに町はもとより地区関係者一同の協力を得て本事業が完工し効率的な営農が出来る美田がここに生まれた。

事 業 名  団体営西来待地区圃場整備
受益面積  28.0ヘクタール
受益戸数  73戸
工  期  昭和53年度~昭和57年度
事 業 費  23250万円
事業主体  八束郡宍道町土地改良区
地区委員  省略
施工業者  (有)大崎工務店

01-あ行, 0105大井町

<写真>

<地図>松江市大井町

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<碑文>
圃場整備記念
 島根県知事 恒松制治 書
<説明文>
事業の概要

この地区は、大橋川河口の沖積平野で、中海の水位より低く、藩政の昔から小舟にて泥土を運び石垣を積んで新田を拓き開発の努力を続けていたが、浜州同様の空待ち田では野鳥も宿り、三尺未満の作道は、農夫の行きかいが出来ず、又半里も遠い「目無水池」からの用水の不足は常習で争いの絶える事がなく、一度風水害の襲来ともなれば護岸は破壊され海水の流入も幾度かその数知れず、超湿地田排水不良田では腰まで濡れての苦斗で、植付苗は腐敗根絶し、幾度と植替を繰返した。尚秋の冠水は稲穂を覆い収穫皆無も続出、連年その災害には目を覆うものであった。
地区農民は世々何度か基盤整備や改良をさゝやき「護岸工事」「岩汐溜池」の構築「用水路」の改修等々大自然との斗いを続けていた偶々、昭和五十年、松江市長斎藤強氏の提案で改良事業の気運が急速に高まり、協議や陳情を重ねて減反政策の進む十二月衆議が決定、昭和五十三年七月、農道、用排水路、排水機を完備する団体営圃場整備事業として着工し爾来、県、市の適切な指導と、関係者の協力により順調に工事が進行して、延六ヶ年の長期にわたった世紀の一大事業が遂に完成し中海農免道橋架橋の発端となり、地域農業発展の拠点に生まれ変わることが出来た。
こゝに、郷土の未来に、称栄えの理想郷実現を記念して碑を建立す。

昭和五十八年十一月吉日建之

事 業 名 大井地区圃場整備事業
設計指導 島根県耕地第一課
     松江市経済部耕地課
     島根県土地改良事業団体連合会
事業主体 松江市土地改良区
事 業 費 四億四千九百万円
工  期 着工 昭和五十三年七月
     完工 昭和五十八年十一月
事 業 量 従前地六一三筆約四十八町四反
     施工後ニ三九筆約45.9ha
関係農家 105戸
施 工 者 東洋建設株式会社
     中機工業株式会社
<建立>
昭和58年(1983年)11月吉日建之(説明文より)

01-あ行, 0107大庭町

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<写真>

<地図>松江市大庭町

<碑文>
工事概要
此の地は古代出雲文化発祥の地として繁栄したが時代の流れと共に農業の近代化を痛感し宇竜谷蝮谷二つの谷の耕作関係者は圃場整備を目指し大庭東部圃場整備委員会を結成し多年の念願の此の事業を関係諸団体の指導援助のもとに完成した

 対象面積 二十三・三ヘクタール
 農業戸数 五十九戸
 総事業費 二億四百八拾八萬圓
 施工時期 昭和五十三年~五十八年
 事業主体 松江市土地改良区
 設  計 島根県土地改良事業団体連合会
 施工業者 三島商事
<建立>
昭和60年(1985年)吉日(碑文より)