06-は行, 0601東朝日町





<写真>

<地図>松江市東朝日町

<碑文>
ここに三中ありき
初代校長 中沼郁 謹書

ここには大正八年県立工業学校修道館が置かれ、昭和二十三年五月、同校の古志原への移転に伴い、それまで朝日小学校内に仮住いであった松江三中がここに移り、以後、平成七年三月までの半世紀にわたって一万四千名余りの中学生がこの地で学びました。
中学校創立五十周年にあたり、その歴史をここに記すものです。

平成九年三月
松江市立第三中学校卒業生会
<建立>
平成9年(1997年)3月(碑文より)

02-か行, 0201学園南

<写真>

<地図>松江市学園南一丁目

<スポンサードリンク>




<説明>
松江市立第二中学校跡を記した石碑です。
創立50周年記念に建立されたものです。(碑文より)
<建立>
平成9年(1997年)10月25日建立(碑文より)

04-た行, 0404殿町

<写真>

<地図>松江市殿町

<スポンサードリンク>




<碑文>
ここは明治20年8月県下初の島根県尋常中学校として擬洋風のモダンな校舎が建てられたところです。その後昭和3年まで県立学校として幾多の変遷を重ねつつ多くの人材を輩出いたしました。
また文豪小泉八雲が松江中学校英語教師として教鞭を執ったところでもあります。
しかしこの歴史ある建物も昭和51年に県庁周辺整備計画により取り除かれましたのでこの地に記念碑を建ててその意義を永く後世に伝えます。
昭和53年12月
島根県知事 恒松制治
<説明>
小泉八雲ゆかりの地
島根県尋常中学校及び県庁跡地
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が英語教師として教鞭をとった当時の島根県尋常中学校の建物は、この地、すなわち、今の県警察本部庁舎の所にあり、県庁はその真向かいにあった。初出勤は、明治23年(1890年)9月2日で、翌3日から授業を行った。
その後、週20時間、明治24年(1891年)10月26日まで教鞭をとった。八雲はここでの教師体験を欧米の教育とも比較しつつ、「英語教師の日記から」(『知られぬ日本の面影』所収)につぶさに記している。
八雲が教えた「ヘルン校舎」は市民に惜しまれながらも、昭和51年(1976年)に取り壊された。(説明板より)
<建立>
昭和53年12月(碑文より)
<その他>
イングレスポータル