01-あ行, 0107大庭町

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<写真>

<地図>松江市大庭町

<碑文>
工事概要
此の地は古代出雲文化発祥の地として繁栄したが時代の流れと共に農業の近代化を痛感し宇竜谷蝮谷二つの谷の耕作関係者は圃場整備を目指し大庭東部圃場整備委員会を結成し多年の念願の此の事業を関係諸団体の指導援助のもとに完成した

 対象面積 二十三・三ヘクタール
 農業戸数 五十九戸
 総事業費 二億四百八拾八萬圓
 施工時期 昭和五十三年~五十八年
 事業主体 松江市土地改良区
 設  計 島根県土地改良事業団体連合会
 施工業者 三島商事
<建立>
昭和60年(1985年)吉日(碑文より)

07-ま行, 0701美保関町

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<写真>

<地図>松江市美保関町美保関

<説明文>
小泉八雲はここ美保関を三度訪れ、町はずれの船宿「島屋」に宿をとった。港町での様々な生活風習を題材にした紀行文「美保関にて」を世界へ向けて発信した。
このレリーフは、1896年(明治29年)に神戸で撮影された写真をもとに制作したもので、同年7月には家族そろって美保関を訪れている。
(左から八雲・長男一雄・妻セツ)

Lafcadio Hearn visited Mihonoseki on three occasions,and stayed in an inn for sailors known as ‘Shimaya’.
He used the various daily customs of the harbour town as the subject matter of his travelogue,’At Mionoseki’,and shared it with the world.
This relief is based on a photo originally taken in Kobe in 1896(Meiji 29).
The family took a trip to Mihonoseki in July of that year.
(From left:Hearn;eldest son Kazuo;wife Setsu)

04-た行, 0401大正町

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<写真>


<地図>松江市大正町

<碑文>
大正八年より昭和二十三年まで工業学校修道館はこの地にあった
平成九年六月吉日建立
島根県立松江工業高等学校工窓会
<建立>
平成9年(1997年)6月建立(碑文より)