04-た行, 0406殿町

<写真>
n0006n2n0006n3
<地図>松江市殿町

<説明>
この碑は、明治19年(1886年)当時の島根県知事籠手田安定(こてだやすさだ)が県民有志に呼びかけ、浄財をつのり明治21年に建立したものといわれる。いわゆる「西南の役」(明治10年)と島根県民とのかかわりを示す貴重な歴史資料として保存するものである。(説明板より)

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02-か行, 0201学園南

<写真>
ncm_2248
<地図>松江市学園南一丁目

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<碑文>
悲惨を極めた第二次世界大戦は、日本が連合国のポツダム宣言を受諾して、昭和20年8月15日を以って終結した。然し終戦後にもかかわらず、60余万人の将兵は酷寒の地シベリアなどに強制抑留され長期に及ぶ過酷な労働と飢え寒さ病気のため、一割以上の方々が祖国の土を踏むことを果たせず無念の死を遂げた。本県出身の犠牲者も五百余名に達し誠に痛恨の極みである。辛酸に耐えて生還し得た私達は、抑留死没者の冥福と恒久平和を祈念し、不戦の象徴としてこの碑を建立する。
平成6年10月吉日
財団法人 全国強制抑留者協会島根県支部慰霊碑建立委員会
<建立>
平成6年(1994年)10月(碑文より)

02-か行, 0201学園南

<写真>
ncm_2244ncm_2245
<地図>松江市学園南一丁目

<建立>
昭和46年4月(碑文より)

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