02-か行, 0201学園南

<写真>

<地図>松江市学園南一丁目

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<碑文>
四つのテスト
Ⅰ眞実かどうか
Ⅱみんなに公平か
Ⅲ好きと友情を深めるか
Ⅳみんなのためになるかどうか

国際ロータリーが創立されて100年目に当たるこの時に、松江・松江南・松江東・松江しんじ湖の4ロータリークラブが相集いロータリアンの行動の指針である四つのテストの碑をここに建立する。
2004年10月吉日
<建立>
平成16年(2004年)10月建立(碑文より)

03-さ行, 0301雑賀町

<写真>

<地図>松江市雑賀町

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<説明>
松江藩士の三男に生まれ、のち雨森姓を継ぐ。浪速や江戸昌平黌の優れた儒者に学び、帰国すると藩主の侍講や儒学教授を務める傍ら、内中原で私塾「養生塾」を開いた。
幕末維新には、幕府軍総督軍議に列し、藩論を背に縦横の活躍をした。維新後政府の公議人にも選ばれ、京の諸山で経史を講じて著述に努めた。病を発して帰国、隠居後、平田(現出雲市)で私塾「亦楽舎」を開き、千家尊福、滝川亀太郎ら時代を担う優れた門人を輩出した。(説明板より)
<建立>
明治36年(1903年)建立(説明板より)

03-さ行, 0301雑賀町

<写真>

<地図>松江市雑賀町

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<説明>
雑賀の足軽の家に生まれ、幼きころより藩儒雨森精翁に学び、26歳の時江戸に出て昌平黌に学ぶ。帰国すると家塾「培塾」を開き、子弟の教育に専念、功績は藩も大いに認め、藩士に昇格させ藩校修道館の教育にも当たらせた。
明治5年の学制公布で、いち早く開設された雑賀小学校の初代校長に就任、「身分は足軽でも学問で出世が叶う」と子弟の奮起を促す存在となり、若槻礼次郎、岸清一ら多くの逸材が育った。(説明板より)
<建立>
明治36年(1903年)建立(説明板より)