05-な行, 0506西津田

<写真>

<地図>松江市西津田八丁目

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<碑文>
広瀬・熊野に連なる古志原・鍛冶屋坂検山の尾根筋の道は、古くから広瀬・熊野往還と呼ばれていた。
堀尾吉晴・忠氏一行が新しい城地を求めて尾根筋をさらに進み、床几山に至り築城の地について、あれこれと話し合った。
この道は、人々の往来は勿論、松江城下の生活を支える薪炭等の輸送の幹線として重要な役割を果たした。
右を進めば旧広瀬往還、史跡「売豆紀坂」左に進めば王子坂より「床几山」が望める。又、旧熊野往還の古道に連なる松江開府400年祭を機に「松江開府の径」と命名された。
平成22年4月吉日
雑賀まちづくり推進協議会
<建立>
平成22年4月(碑文より)

05-な行, 0506西津田

<写真>

<地図>松江市西津田九丁目

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<碑文>
一、簸の川上に叢雲の 劒光りて五千年
  神器の徳を示すべく 皇御國を護るべく
  輝く軍旗押し立てゝ あゝ高遠の我理想

二、建武を語る名和荘 三日月懸る富田城址
  父祖の忠血身に享けて 勇むや健兒千五百
  君の股肱と選ばれて あゝ感激の我使命

三、花咲き匂う古志原の 暁破る進軍譜
  大命こゝに降りなは 向ふ正義の旗風に
  天も砕けむ地も裂けむ あゝ勇壮の我任務

05-な行, 0506西津田

<写真>

<地図>松江市西津田九丁目

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