01-あ行, 0106大草町

<写真>

<地図>松江市大草町

<碑文>
竣工
昭和五十九年

工事概要
此ノ地ハ明治年間ノ末期ニ耕地整理ガ行ワレ現在ニ至リシガ新農業構造改善事業ニ依リ農道水路ヲ完備セリ
<建立>
昭和59年(1984年)(碑文より)
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08-や行, 0801八雲町

<写真>

<地図>松江市八雲町熊野

<碑文>
国立療養所松江病院長林霞舟先生は昭和二十四年松江市に短歌結社「湖笛会」を創設されまたNHKラジオ歌壇島根新聞歌壇および熊野大社献詠歌等の選者として短歌を志す人々の育成指導に努めて来られました。この度湖笛会二十五周年記念として各位の好意ならびに会員の総意により、出雲文化発祥の地歌道ゆかりの当地に先生の歌碑を建設するものであります。

昭和四十八年中秋
湖笛会
<建立>
昭和48年(1973年)(碑文より)
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02-か行, 0202鹿島町

<写真>


<地図>松江市鹿島町北講武

<碑文>
講武地区農業基盤整備事業
 竣工記念碑
  島根県知事 澄田信義書

碑文
 ここ講武から佐太にかけての平野一帯は、古くから農耕が営まれてきた大地である。往時この地を治めた松平藩は、平野を貫流する講武川の洪水を利用し、講武城山の肥えた土を下流に流し、湿原を肥沃な耕地に変えてきた。この川が天井川で下流ほど幅が狭かったのはその名残でもある。川は平野に大きな恵みを運んだが、時にその恵みを一夜にして流す水禍をももたらした。講武川が氾濫するたびに利害の相反する上下流の農民は、「切り通し」を舞台にして堤防を切るか否かで対立してきた。今日の農業基盤整備に洪水防止や排水改良対策は欠くことのできないものである。この地を氾濫から守るには講武川の洪水を湯戸に分水することが最善とされてきたが、永年の利害相反の歴史、下流農民の合意をはばんできた。
 このような状況を打開するため、昭和五十七年六月講武農業基盤整備事業推進協議会を結成し、これのもとに講武全地区農民が一致団結の力により難問を円滑に解決し藩政時代からの壁を乗り越え、さらに、時代を見据え叡智をもって講武を新しい大地に変えようとしたのである。昭和五十八年に湯戸排水対策事業が翌昭和五十九年には講武地区全域のほ場整備が始まった。以来七年有余の歳月と二十八億六千万円の巨費をもって講武川からの湯戸排水路を開き、中川を改修し、一三九ヘクタールのほ場が完了し、講武地区は水禍のない美田に生まれ変わり農業近代化の道がここに拓かれたのである。
 これ偏に、国、県、の温かいご指導、ご援助の賜であると共に、四百余農家の一致団結と叡智の結晶である。よって、永くこれを記念するためにこの碑を刻むものである。
   平成三年五月吉日
      鹿島町長 青山善太郎

事業の概要
一、講武地区県営ほ場整備事業
 事 業 費  18億3600万円
 事 業 量  124.4ヘクタール
 関係者戸数  289戸
 工   期  昭和59年4月~平成6年3月
ニ、湯戸地区県営排水対策特別事業
 事 業 費  8億2700万円
 事 業 量  1725メートル
 関係者戸数  209戸
 工   期  昭和58年11月~平成3年3月
三、上講武地区団体営ほ場整備事業
 事 業 費  1億9300万円
 事 業 量  14.3ヘクタール
 関係者戸数  59戸
 工   期  昭和59年4月~平成2年3月
講武地区農業基盤整備推進協議会役員
 省略
施工業者
(株)豊洋建設
(株)カナツ技建工業
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