03-さ行, 0304宍道町

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<写真>

<地図>松江市宍道町昭和

<碑文>
碑文
持田啓太郎翁ハ明治元年八月十四日本町伊志見持田房太郎氏ノ三男ニ生レ明治三十四年宍道村書記ニ就任以来助役村長ヲ歴任シ昭和二年進ンデ町制ヲ施行シテ初代町長ノ重キニ任ジ昭和十三年退任ニ至ルマデ三十有八年ノ長キニ渉ツテ町村自治ニ其全生涯ヲ捧ゲタガソノ間日清日露両戦役ニ従軍シテ武勲ヲ樹テタコトハ翁終生ノ誇トスルトコロデアツタ氏ハ資性敦撲ニシテ思慮周密飄々模糊タル中ニ頴智ヲ藏シテ和協滑脱裡ニ能ク幾多業績ヲ挙ゲタガ就中町制ヲ布キテ役庁舎ヲ改築シ又出雲製織宍道工場ヲ誘致シタコト等ハ其不滅ノ偉業デアツタ翁ノ如ク身権門ニ出デズシテ能ク衆ヲ率イテ自治ヲ主宰シ永年ノ功ヲ致シタコトハ遍ニ其徳識ノ然ラシムルトコロデ正ニ郷村ノ優材デアツタ其痩躯鶴ノ如キ風姿ハ一郷ノ長老トシテ町民敬慕ノ的デアツタガ昭和十五年五月十六日七十三才ヲ以テ病歿シテヨリ既ニ十五年茲ニ町村合併ノ國策ニヨツテ旧宍道町ヲ解キテ新生宍道トシテ再誕發足スルニ當リ其高風ヲ永ク後世ニ傳エ郷國自治發展ノ鑑トナサントテ茲ニ此碑ヲ建テタ次第デアル

 昭和三十年三月三十一日

宍道町長 三島四郎識  持田勝三書
     木幡吹月撰
<建立>
昭和30年(1955年)3月31日(碑文より)

01-あ行, 0105大庭町

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<写真>

<地図>松江市大庭町

<碑文>
工事概要
此の地は古代出雲文化発祥の地として繁栄したが時代の流れと共に農業の近代化を痛感し宇竜谷蝮谷二つの谷の耕作関係者は圃場整備を目指し大庭東部圃場整備委員会を結成し多年の念願の此の事業を関係諸団体の指導援助のもとに完成した

 対象面積 二十三・三ヘクタール
 農業戸数 五十九戸
 総事業費 二億四百八拾八萬圓
 施工時期 昭和五十三年~五十八年
 事業主体 松江市土地改良区
 設  計 島根県土地改良事業団体連合会
 施工業者 三島商事
<建立>
昭和60年(1985年)吉日(碑文より)

07-ま行, 0701美保関町

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<写真>

<地図>松江市美保関町美保関

<説明文>
小泉八雲はここ美保関を三度訪れ、町はずれの船宿「島屋」に宿をとった。港町での様々な生活風習を題材にした紀行文「美保関にて」を世界へ向けて発信した。
このレリーフは、1896年(明治29年)に神戸で撮影された写真をもとに制作したもので、同年7月には家族そろって美保関を訪れている。
(左から八雲・長男一雄・妻セツ)

Lafcadio Hearn visited Mihonoseki on three occasions,and stayed in an inn for sailors known as ‘Shimaya’.
He used the various daily customs of the harbour town as the subject matter of his travelogue,’At Mionoseki’,and shared it with the world.
This relief is based on a photo originally taken in Kobe in 1896(Meiji 29).
The family took a trip to Mihonoseki in July of that year.
(From left:Hearn;eldest son Kazuo;wife Setsu)