07-ま行, 0701美保関町

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<写真>

<地図>松江市美保関町美保関

<説明文>
小泉八雲はここ美保関を三度訪れ、町はずれの船宿「島屋」に宿をとった。港町での様々な生活風習を題材にした紀行文「美保関にて」を世界へ向けて発信した。
このレリーフは、1896年(明治29年)に神戸で撮影された写真をもとに制作したもので、同年7月には家族そろって美保関を訪れている。
(左から八雲・長男一雄・妻セツ)

Lafcadio Hearn visited Mihonoseki on three occasions,and stayed in an inn for sailors known as ‘Shimaya’.
He used the various daily customs of the harbour town as the subject matter of his travelogue,’At Mionoseki’,and shared it with the world.
This relief is based on a photo originally taken in Kobe in 1896(Meiji 29).
The family took a trip to Mihonoseki in July of that year.
(From left:Hearn;eldest son Kazuo;wife Setsu)

07-ま行, 0701美保関町

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<写真>

<地図>松江市美保関町惣津

<碑文>
惣津海岸
保全事業竣工記念
美保関町長 小谷茂雄書

ここ惣津海岸は大古の昔から集落が拓け出雲風土記にもその名がみられるように古くから海上交通の要衝として、又地区民生業の泊地として発達してきた。
しかるに時として季節風による波浪激しく、このため地区民の生活をさいなみ、生業をおかすこと多く、この地の海岸保全は地区民積年の宿願であった。
恰しも時の町長小谷茂雄氏これに感じ、その偉大な政治力をもって国、県に働きかけ、海岸保全事業として、又港湾建設事業として、この地の整備計画を樹て、昭和四十六年から事業に着手し、七年有余の歳月をもって昭和五十三年十一月、世紀の事業ともいえるこの工事が完成した。
併せ行った県道からの進入道路と海岸道路の建設もこの地域の発展に大きな希望を与えるにふさわしい事業であった。
多年の夢が実った地区民の喜び余りあり。
ここに卓越した政治家小谷茂雄氏の偉業を讃えるとともに共に全惣津地区民の協調の成果と、弥栄の発展を記念してこの碑を建立した。
明島、青島を眺望し、みはるかす日本海に隠岐島をのぞむ名勝惣津海岸のここに。

昭和五十四年三月
<建立>
昭和54年(1979年)3月(碑文より)

07-ま行, 0701美保関町

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<写真>

<地図>美保関町片江

<碑文>
美しい心

片江小学校跡
成13年3月ここに126年の歴史を閉じる
片江小学校閉校記念事業実行委員会