07-ま行, 0701美保関町

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<写真>

<地図>松江市美保関町美保関

<碑文>

 嫁ケ鼻埋立地
   島根県知事 恒松制治 書

  建碑のことば
 校区民の宿願であった美保関小学校改築用
敷地の埋立造成工事は、昭和五十五年度より
国、島根県及び美保関町当局の並々ならぬ御
尽力により、五本松海岸公有地造成事業とし
て進められ、およそ六ヶ年の歳月と、七億三
千万円余の経費をもって、二〇、三五五平方
メートルの広大な土地の完成を見るに至った
 ここに用地造成の竣工にあたり、関係当局
に対し感謝の意を表すると共に、ゆかりある
「嫁ケ鼻」の地名を刻み、ここがかつて海で
あったことを、永く後世に伝えんがため記念
の碑を建立する。
  昭和六十年九月二十九日
五本松海岸公有地造成
小学校諸施設建設促進委員会

<建立>

昭和60年(1985年)9月29日(碑文より)

07-ま行, 0701美保関町

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<写真>

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<建立>

昭和18年(1943年)9月(碑文より)

07-ま行, 0701美保関町

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<碑文>

水道完成記念

建碑のことば
 わが美保関は地勢上清泉飲料水に乏しく、この為父祖三代にわ
たり久しく困窮するところであった。
 昭和四十七年宿望の境水道大橋が完工するや、俄然水道誘致の
熱願が盛り上り直に水道委員会を結成してこの実現に鋭意努力した。
 時の美保関町長小谷茂雄氏は地元住民の強い願望をうけ、その窮
状を洞察し、慧眼と熱誠をもって百方力をつくした。時あたかも国家
経済不況に遭遇したにもかかわらず、遂にこの努力がみのり水道施設
の完成を見るにいたった。誠に世紀の大偉業というべきである。
 地区民のしあわせは、これによって永く子々孫々にいたるまで受ける
ことになり地区住民ひとしく深く感謝感激してやまないところである。
 ここに水道完工をよろこび、記念碑を建て、永遠に伝えるものである。

 昭和五十年十一月二十五日

  美保関水道委員長  福間幹郎
  美保関地区区長会長 山本嘉雄

<建立>

昭和50年(1975年)11月25日(碑文より)