02-か行, 0206北堀町

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<写真>

<地図>松江市北堀町

<碑文>

塩見縄手公園築造
松江湖城ライオンズクラブ
平成元年三月

<建立>

平成元年(1989年)3月(碑文より)

02-か行, 0206北堀町

<写真>

<地図>松江市北堀町

<説明>
御典医北尾徳庵屋敷跡
この公民館の場所には、江戸時代に松江藩御典医筆頭であった北尾徳庵の屋敷がありました。
徳庵は、主に殿様やその家族の人の健康管理を受持っていましたが、そのためには、当時の医学である漢方は勿論、西洋医学についても研究していたと言われます。
そして、文化三年(1806)七月、かの伊能忠敬が日本地図作成のため松江に来て発病した時には、二代目徳庵達の治療を受けたであろうと考えられます。
その屋敷は、明治となった後、松江地方検察庁の検事正公舎となり、平成八年に城北公民館が移築されるまで江戸時代の武家屋敷が残されていました。(説明板より)
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02-か行, 0206北堀町

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<写真>

<地図>松江市北堀町

<説明>
江戸時代の中頃、度重なる災害などで窮乏のどん底にあった藩財政立直しを決意した青年藩主松平宗衍(むねのぶ)を助けて中老として様々な方策を工夫し努力した小田切半三郎備中の屋敷は、この公民館西隣りの位置にありました。
備中は、宗衍から破格の信頼を託されると、下士の中から有能なスタッフを選び「趣向方(しゅこうかた)」を組織して、藩政打開の道を求めました。
しかし、彼の必死の努力も「焼け石に水」、遂に報われませんでした。が、彼の播いた種は、後に宗衍の子の不昧公の時代に花開くこととなったのでした。(説明板より)