06-は行, 0603東茶町

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<写真>



<地図>松江市東茶町

<碑文>
「湖(うみ)をちこち 何を漁(いさ)る火 天の川」

大谷繞石経歴
明治八年松江市末次本町に生まれる。
松江中学でラフカディオ・ハーンに教わる。
東京帝大入学後、再びハーンに教わる。
子規庵句会にも参加。金沢の四高教授時代、子規派句会「北声会」を指導、弟子に室生犀星がいた。
<建立>
平成24年(2012年)4月建立
大谷繞石句碑建立委員会

06-は行, 0604東出雲町

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<写真>

<地図>松江市東出雲町出雲郷

<碑文>
出雲守門部王思京歌一首

飫海乃河原之乳鳥汝鳴者
吾佐保河乃所念國
(おうの海の河原の千鳥汝が鳴けば吾が佐保川の念ほゆらくに)
<銘文>
門部王(かどべのおおきみ)は天平年間出雲守として国庁に来任し律令制下の郷土民政に当てられたが、また人間味豊かな歌人として万葉集に五百の秀歌を残されている。
この歌はその一首で、意宇川が中海に注ぐ辺りの河原に鳴く千鳥の声を聞いて、遥か故郷大和の都近い佐保川を懐かしまれた切々の慕情がしのばれる。
この度有志相図り、意宇川に臨むゆかりの地にこの歌碑を建て永くその風懐を仰ぐよすがとされたことは誠に慶びにたえない。
記して銘とする所以である。

昭和三十九年五月三日
島根県知事 田部長右衛門
<建立>
昭和39年(1964年)5月3日(銘文より)

06-は行, 0604東出雲町

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<写真>

<地図>松江市東出雲町出雲郷

<銘文>
古代神話の昔八束水臣津野命が今の島根半島を四回に分けて、太き綱をかけて国来い、国来いと力一ぱい引き寄せて国引きの大業を終って杜の中に枝を衝き立てて「オエ」といはれた所を意宇杜と云ふ。
後に意宇郡意宇の海意宇川など地名発生の元であると云う。今年はくにびき国体が開催せられその記念事業として国引きの碑を有志相よりて建て古代の出雲神話を高揚し広く郷土の人々にその大業の精神を伝えんとする。

市向歌碑を守る会
昭和五十七年五月三日建立
<建立>
昭和57年(1982年)5月3日