04-た行, 0403千鳥町

<写真>

<地図>松江市千鳥町

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<市民憲章文>
松江市市民憲章

私たちは、松江市民です。
愛する松江が、住む人に希望と勇気を与え、訪れる人の心のふるさととなるように、心をあわせ手をとりあって進みます。

一、きれいな水と、みどりにいろどられた美しいまちにしましょう。
一、働くことに誇りをもち、産業を育てて豊かなまちにしましょう。
一、こどものしあわせと、希望を伸ばす明るいまちにしましょう。
一、おたがいに、人の立場を重んじ、よい習慣をもりたてて、住みよいまちにしましょう。
一、つねに広い視野にたち、明日への意欲をもやして、栄えるまちにしましょう。
<碑文>
国際文化観光都市松江にふさわしい市民憲章をつくろうと松江青年会議所は提唱者となって運動をおこした。この熱意と市民の世論にこたえて松江市は直ちに市民憲章制定準備会を設け、広く各界各層の意見を集めて成案を得昭和四十年十一月三日文化の日に正式制定をみるに至った。
つづいて松江青年会議所はこれを記念して碑の建設をはかり、制定一周年に際して松江市民に寄贈した。
この記念碑は松江市名誉市民日本芸術院会員内藤伸先生の作品により制作されたものである。
昭和42年11月3日
松江市長 斎藤強
<建立>
昭和42年(1967年)11月3日(碑文より)

05-な行, 0501灘町

<写真>

<地図>松江市灘町

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<碑文表>

杉山一平

つきつめたような顔をしてあるいてゐる高等学校の生徒のマントを見るたびに 私は涙のでるやうななつかしさをおぼえる 私がその時分をすごしたのは裏日本のみづうみに沿つたちひさな古風な街であった 秋から冬にかけて よくみづうみをわたつてくる夜霧に 街はすつぽり包まれてしまった あの白い霧に黒マントを翻へしながら 憑かれたやうに足早に あゝいくたびか夜つぴて 私はあるき廻つたことであらう それは寄宿舎の廊下にともる燈のやうな若年の孤独と寂寥を揚げてはためいてゐる 黒い旗であった あゝいまそれらの旗は 激しい時代の風にどのやうな音たてゝ鳴つてゐるのであらう
<碑文裏>
建立の記

杉山一平は大正三年に生れ 昭和九年に旧制松江高等学校を卒業 今なお旺盛な執筆をつづける詩人 また映画評論家である 今度母校創立八十五周年に当り同窓有志相図り 氏の処女詩集「夜学生」の中から一篇の散文詩を撰び われらが青春の三年間を過した母校と この地によせる限りない愛情と感謝をこめて 茲に詩碑を建てる
平成17年4月8日
<建立>
平成17年(2005年)4月8日(碑文より)

05-な行, 0501灘町

<写真>

<地図>松江市灘町

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<碑文>
淞高の庭
淞高(旧制松江高等学校)は大正9年に山陰道における最高学府として創立され昭和25年に廃止されましたが我が国教育文化の上のみならず松江市が文化都市として発展するために大きく貢献しました。
このような史実をふりかえり当時の高校生が弊衣破帽をまとい寮歌を高唱しながら逍遙したこの場所に記念の庭を造成しました。
平成7年5月25日
松江市
松江高等学校同窓会
<建立>
平成7年5月25日(碑文より)